更新はテキトー、長門4コマや日々感想などでお茶を濁せたらいいなーと思います。
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ながきよ005

3コマ4コマの流れも構図もおかしいのは仕方がないではすませられないので、反省するしかありません。オチ考察と言い訳をつけては引き延ばししていましたが、結局描けず仕舞いでした。3コマめにはキョンの作った長門さん似の雪だるまとあまり似ていないキョン風雪だるまがある予定でしたが、画力に大きな問題が生じ結局解決出来ないままでした。これ以上時間をかけようとすると絵を描きたくなくなる病になりそうでしたので諦めました。まあ、妥協なんていつものことですが、そのせいか4コマで描きたかった間もグダグダです。反省することのなんと多い日々。

また前回ブログのコメントにおいて言葉足らずと思慮不足の為に一部の方に不愉快な思いを与えた事を反省しております。言葉に対する認識など千差万別であるのは言うに難くなく、また何を目指しどうなろうとしているのかを理解せず語っていい話ではありませんでした。未熟さを反省しない日々などないと痛感しています。

さて、気持ちをオートマチックにしてアクセルを踏み込みギアを上げて切り替えていきましょう。何か明るい話題をひとつ。
 カレンダーの日付を見ますともう春の到来を感じずにはいられません。またそれは冬アニメの終わりの時節でもあります。というわけで最近見終ったアニメの話でもしましょう。終わりが明るい話題ですかって?締め終り別れは悲しいと決め付けてはいけませぬ。それこそ起承転結と同じです。結はすべての終りではありません。すべてが起承転結の繰り返しなのです。結は単なる区切りにすぎないのです。一期一会の言葉もあります。「苺市へ」じゃありません。それは苺市をやってるところのタクシー運転手へ言う言葉です。「すみません、苺市へ」「苺市は先週で終ったのですが…」です。こんな残念な結末とは違うのです。一期一会は時間の大切さ、出会いの尊さを教える言葉ですが、そこには起承転結を含んでいます。人生とは一期一会を重ね閉じた一冊の本のようなもの、そこに描かれてるパラパラ漫画にも起承転結は必要なのです。
 閑話休題。お約束のわき道でした。
 昨晩とある科学の超電磁砲という作品が無事完結を迎えました。2クール作品でして全24話の物語でした。これはとある魔術の禁書目録というラノベのスピンオフ作品でして、ハルヒちゃんというスピンオフつながりもあり(ウソです。禁書目録を観たつながりで今回も)視聴していました。途中変な方向に曲がってしまったらしく、観るのを断念しかけたのですが最後は前半で心残りのまま終ったエピソードも無事回収し、大団円に弱いわたしはそれなりに満足いく最終話で安心しました。話は超能力と科学がぶつかる世界を描いており、作者が「設定魔」と言われるほど独自の世界観が散りばめられていまして、しかも本編20冊での時間の流れがたった数週間らしく、能力名に見られる独特のセンスもあわせやはり特異な才能を感じずにはいられません(こういう設定は好き嫌いの分かれる所でもありますので、視聴は自己判断でお願いします)。わたしも原作小説を読んでないので詳しくは知りませんが、このスピンオフも原作者自身が原作に携わってるようで、聞くところによると原作者の鎌池先生はかなりの速筆らしく6年で22冊もの出版とスピンオフの原作原案までやっているそうです。何ともうらやま…いや、ハルヒを書いてる谷川先生もかつてはわずか5年で20冊以上を執筆するほどの超速筆だったのです。谷川先生の場合は一生に書ける文章量は決まってる発言もありファンとしてはやきもき心配なのですが、やはりプロとは言え書き続けることは厳しいようです。鎌池先生は高校生の時に書いた作品が編集の目に止まりデビューしたという話もあり、やはり若さゆえのエネルギーは莫大なのだろうかと考えずにはいられません。最近大人気の西尾先生も速筆で有名ですがやはりかなり早いデビューらしく、鉄は熱い内に打ての格言通り、自己練磨し文字書きに鍛え上げた結果なのでしょうか。谷川先生は33歳デビュー。作家としては遅くも早くも無い気がしないでもないのですが。もっと遅いデビューは…と、思い出しました。谷川先生よりも遅くデビューした有名な作家がいました。昭和を代表する文豪松本清張先生は40歳を越えてデビューし82歳で亡くなるまで執筆を続け、あまりの多さにタイトル数はわかりませんが推理小説、歴史小説、随筆含め松本清張全集66巻を刊行。これだけの作品を世に送り出したのに「書きたいことが多すぎる。時間が足りない」と嘆いてたという話ですから、なんともはやすごい人がいたものです。驚きを隠せません。隠す必要も無いですが、表現する言葉が見つかりません。
 ハルヒがもし全66巻も出たら…完全読破することには自信があるのでひるみませんが、長門さんがどうなるかだけが心配です。66巻もあったら長門さんがうっかり天才ぶりを晒してしまい世界中のニュースになってしまう話やSOS団全員で留学する話、全員の能力が封じられた体育祭で優勝する話もあるかもしれませんね。とりあえず驚愕(掲載のスニーカー)発売まであと一ヶ月です。ガンバレ谷川先生。
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【2010/03/21 17:04】 | ながきよ
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ししゃも
理想と現実のギャップで、絵を描きたくない病によくなるししゃもです。
わたしの場合は2日くらい描けないと、あっさり破棄してしまうことが多いですが、やっぱり理想に近づかなくてもなんとか描かないと上達しないんでしょうね。
しみじみ思ったので精進しようとしつつも、やっぱり描けないもんは描けないんじゃーいと、タブレットの付属ペンを放り投げんばかりの勢いですが、大切なものなのでそっと置いてコメント書きにやってまいりました。

長門さんがあんな顔をする雪だるまがどんなものかとても気になりますが、見せないことがまたそこが主題じゃないという感じで良かったとも思います。
でも、いつかちゃこしさんが、理想に近いものが描けるようになった時に、そのバージョンも観てみたいと思いましたが、そこらへんはまぁ置いておいて。
なでなでうにゅんだけでもう、「かわいい!」と踊りださんばかりの勢いでございます。

って毎回ねっとりと感想書いてやりにくかったらすみません。
反省はするが改善はしない。
なぜならそのエラーの原因が何なのか、わたしには不明(以下略)。

レールガンは2話までしか観てませんが、録画はずっとしています。
ちゃんとチェックしていないので、放送時間の変更やら二話連続(NHKに良くやられるorz)がなければ良いと、テレビ局と延長検出機能有りのAQUOS様に祈りつつ、いつか通しで観てやると心に誓っている今日この頃です。

松本清張氏は残念ながら、点と線くらいしか読んだ事もなく、それも当時好きだった探偵物の漫画のタイトルの元ネタだったから、という超不順な動機だったりします。
そんなに速筆な方だったのですね。
「書きたいことが多すぎる」
是非言ってみたい台詞です。ええ全く。

禁書はアニメも原作も触れてないので、是非読んでみたいですね。
西尾氏はずっと表紙が気になっていて、読んでみたい作家の方でした。
アニメは録画失敗してスルーしちゃいましたが。
若い方の発想力とかに触れていたいお年寄りですw

人間年さえくえば、誰だってエッセイの一つも書けるようになる。そうなる前の若い時期に、何が書けるかが重要だ。
というような事を、いつかどこかで読んだ記憶があって、そんなものなのかなぁと当時はぼんやり思ったものですが、実際年くってみると、やっぱりそうなんだなぁとしみじみ思ったりします。

66冊ともなれば、ハルヒ達ご一行が諸国漫遊しちゃったり、ハルヒがしゃしゃり出て、長門さんが苦労してその事件を解決する情報を集めて解決したり、ハルヒの偽者が出たり、SOS団にゲスト枠が出来て、シーズンごとにそのゲストが入れ替わって、かわるがわるキョン君にちょっかいをかけたりするのかもしれません。
それはそれで読んでみたい気もしますが。

驚愕もう出来上がっているんでしょうか。今頃は缶詰なんでしょうか。
心配ですね。楽しみですね。
ほんと、先生頑張って!

あ、追記ですが、休日の朝のラジオで落語やってました!
お題は「死ぬなら今」で、聞いている内に、聞いたことある事を思い出しましたが、最後までオチがわかりませんでした!
こんなやられたー!というような話を書いてみたいものです。

Re: タイトルなし
ちゃこし?
>>理想と現実
描いても描いても追いつきません。ローマは一日してならず、転石苔をむさず、蓼食う虫も好き好き、恋は盲目、欲目、あれ?遠い文句は出てくるのに肝心の理想だけを追い求める馬鹿者という意味の言葉が出てきません。さび付いた引き出しも春の陽気にはつられないと見えます。せめて頭にあるものくらいは描けるようになりたい。いつか描けたらいいなで頑張りましょう。
そしてこんな不毛なブログを覗くあなたの我慢強さに感謝しております。

>>松本清張
わたしは何を読んだのか知りません。ひょっとしたらまだ一冊も読んでいないのかも知れません。でもそれはまだ出会う時期じゃないだけだと思うのです。本との出会いは素晴らしいです。陳腐な物言いですがやはり一期一会でしょうか。新井先生との出会い(もちろん本ですが)はとても衝撃的でした。わたしはずるいのであまり詳しくは言いません。いえ、これでは大きな誤解が生まれますね。言葉にする能力とか才能がその域に達していないので、今は言葉で表現する事が出来ないし、拙い言葉で書いてしまうともったいないと思ってしまうのです。ちょっと網膜映像がフィードバックしてしまいました。あゆみちゃんと太一郎君は元気にしてるかな。

>>人間年さえくえば、誰だってエッセイの一つも書けるようになる
この文言は知りませんでしたが、同じような言葉なら聞いたことがあります。「誰でも一作は小説を書く事ができる。自分の人生を書けばいいのだ。ただそれが面白いかはその人の人生次第。」文才があるからこそ人は面白い話を生み出すのでしょうね。でも事実は小説よりも奇なりと申しますし、現実ってのはけっこうセンセーショナルです。使っておいて言うのも何ですが、死語ってのは面白いですよね。時代が必要としていて新しく生みだされたのに、流行が廃れるのと同じように定着することなく死んでいく言葉。ファッションでも服・デザイン自体を指し「古い」という事はあってもそれを死語扱いにはしません。死語ということがってもそれはそのファッション性が「流行遅れ」という暗喩に使われるだけであって本来の死語とは意味が違います。共通認識である言葉だけの流行と廃れ。共有した感覚とは無縁になってしまう言葉。使うと場がしらけるだけでなく知性まで疑われるのですから、死語ってすごい。

>>落語「死ぬなら今」
わたしも落語はそんなに詳しくないので知りませんでした。また新作落語などはとんと無縁ですのでそっちの方でしたら尚更です。
落語も話し手でずいぶんと印象が変わるものです。やはり新人と名人では比べ物になりません。同じ言葉でも言い方で変わるのはどうしようもない部分もあるのですが、名人の話を文字に直すときっと同じ言葉でも、いえ同じ文字にはきっとならないのでしょうね。

落語も好き嫌いがありますし、禁書電磁砲と同じですね。化物語もそうでしょう。他メディアで知って小説を買ったのはいいけど数Pでやめたものもあります。あうあわないってのもホントに一期一会です。今年はいい本に出会うといいな、と綺麗な文章が出てきたので今回はここまでです。それでは、また。

PS 以前に言ってた「もし○○なら」という舞台設定がいっぱい出てるのではありませんか。諸国漫遊記ほか、楽しみしております。

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この記事へのコメント
理想と現実のギャップで、絵を描きたくない病によくなるししゃもです。
わたしの場合は2日くらい描けないと、あっさり破棄してしまうことが多いですが、やっぱり理想に近づかなくてもなんとか描かないと上達しないんでしょうね。
しみじみ思ったので精進しようとしつつも、やっぱり描けないもんは描けないんじゃーいと、タブレットの付属ペンを放り投げんばかりの勢いですが、大切なものなのでそっと置いてコメント書きにやってまいりました。

長門さんがあんな顔をする雪だるまがどんなものかとても気になりますが、見せないことがまたそこが主題じゃないという感じで良かったとも思います。
でも、いつかちゃこしさんが、理想に近いものが描けるようになった時に、そのバージョンも観てみたいと思いましたが、そこらへんはまぁ置いておいて。
なでなでうにゅんだけでもう、「かわいい!」と踊りださんばかりの勢いでございます。

って毎回ねっとりと感想書いてやりにくかったらすみません。
反省はするが改善はしない。
なぜならそのエラーの原因が何なのか、わたしには不明(以下略)。

レールガンは2話までしか観てませんが、録画はずっとしています。
ちゃんとチェックしていないので、放送時間の変更やら二話連続(NHKに良くやられるorz)がなければ良いと、テレビ局と延長検出機能有りのAQUOS様に祈りつつ、いつか通しで観てやると心に誓っている今日この頃です。

松本清張氏は残念ながら、点と線くらいしか読んだ事もなく、それも当時好きだった探偵物の漫画のタイトルの元ネタだったから、という超不順な動機だったりします。
そんなに速筆な方だったのですね。
「書きたいことが多すぎる」
是非言ってみたい台詞です。ええ全く。

禁書はアニメも原作も触れてないので、是非読んでみたいですね。
西尾氏はずっと表紙が気になっていて、読んでみたい作家の方でした。
アニメは録画失敗してスルーしちゃいましたが。
若い方の発想力とかに触れていたいお年寄りですw

人間年さえくえば、誰だってエッセイの一つも書けるようになる。そうなる前の若い時期に、何が書けるかが重要だ。
というような事を、いつかどこかで読んだ記憶があって、そんなものなのかなぁと当時はぼんやり思ったものですが、実際年くってみると、やっぱりそうなんだなぁとしみじみ思ったりします。

66冊ともなれば、ハルヒ達ご一行が諸国漫遊しちゃったり、ハルヒがしゃしゃり出て、長門さんが苦労してその事件を解決する情報を集めて解決したり、ハルヒの偽者が出たり、SOS団にゲスト枠が出来て、シーズンごとにそのゲストが入れ替わって、かわるがわるキョン君にちょっかいをかけたりするのかもしれません。
それはそれで読んでみたい気もしますが。

驚愕もう出来上がっているんでしょうか。今頃は缶詰なんでしょうか。
心配ですね。楽しみですね。
ほんと、先生頑張って!

あ、追記ですが、休日の朝のラジオで落語やってました!
お題は「死ぬなら今」で、聞いている内に、聞いたことある事を思い出しましたが、最後までオチがわかりませんでした!
こんなやられたー!というような話を書いてみたいものです。
2010/03/25(Thu) 08:39 | URL  | ししゃも #y8j/9w2E[ 編集]
Re: タイトルなし
>>理想と現実
描いても描いても追いつきません。ローマは一日してならず、転石苔をむさず、蓼食う虫も好き好き、恋は盲目、欲目、あれ?遠い文句は出てくるのに肝心の理想だけを追い求める馬鹿者という意味の言葉が出てきません。さび付いた引き出しも春の陽気にはつられないと見えます。せめて頭にあるものくらいは描けるようになりたい。いつか描けたらいいなで頑張りましょう。
そしてこんな不毛なブログを覗くあなたの我慢強さに感謝しております。

>>松本清張
わたしは何を読んだのか知りません。ひょっとしたらまだ一冊も読んでいないのかも知れません。でもそれはまだ出会う時期じゃないだけだと思うのです。本との出会いは素晴らしいです。陳腐な物言いですがやはり一期一会でしょうか。新井先生との出会い(もちろん本ですが)はとても衝撃的でした。わたしはずるいのであまり詳しくは言いません。いえ、これでは大きな誤解が生まれますね。言葉にする能力とか才能がその域に達していないので、今は言葉で表現する事が出来ないし、拙い言葉で書いてしまうともったいないと思ってしまうのです。ちょっと網膜映像がフィードバックしてしまいました。あゆみちゃんと太一郎君は元気にしてるかな。

>>人間年さえくえば、誰だってエッセイの一つも書けるようになる
この文言は知りませんでしたが、同じような言葉なら聞いたことがあります。「誰でも一作は小説を書く事ができる。自分の人生を書けばいいのだ。ただそれが面白いかはその人の人生次第。」文才があるからこそ人は面白い話を生み出すのでしょうね。でも事実は小説よりも奇なりと申しますし、現実ってのはけっこうセンセーショナルです。使っておいて言うのも何ですが、死語ってのは面白いですよね。時代が必要としていて新しく生みだされたのに、流行が廃れるのと同じように定着することなく死んでいく言葉。ファッションでも服・デザイン自体を指し「古い」という事はあってもそれを死語扱いにはしません。死語ということがってもそれはそのファッション性が「流行遅れ」という暗喩に使われるだけであって本来の死語とは意味が違います。共通認識である言葉だけの流行と廃れ。共有した感覚とは無縁になってしまう言葉。使うと場がしらけるだけでなく知性まで疑われるのですから、死語ってすごい。

>>落語「死ぬなら今」
わたしも落語はそんなに詳しくないので知りませんでした。また新作落語などはとんと無縁ですのでそっちの方でしたら尚更です。
落語も話し手でずいぶんと印象が変わるものです。やはり新人と名人では比べ物になりません。同じ言葉でも言い方で変わるのはどうしようもない部分もあるのですが、名人の話を文字に直すときっと同じ言葉でも、いえ同じ文字にはきっとならないのでしょうね。

落語も好き嫌いがありますし、禁書電磁砲と同じですね。化物語もそうでしょう。他メディアで知って小説を買ったのはいいけど数Pでやめたものもあります。あうあわないってのもホントに一期一会です。今年はいい本に出会うといいな、と綺麗な文章が出てきたので今回はここまでです。それでは、また。

PS 以前に言ってた「もし○○なら」という舞台設定がいっぱい出てるのではありませんか。諸国漫遊記ほか、楽しみしております。
2010/03/26(Fri) 18:50 | URL  | ちゃこし? #-[ 編集]
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